<   2008年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

 


緊急開催、公開収録!

『ライブ版日本文学ふいんき語り』
「蟹工船」「太陽の季節」編

日時/2008.3.8(土) 午後7時~
(開場6時半/終了予定9時半)
場所/東池袋あうるすぽっと 会議室A
http://www.owlspot.jp/access/index.html
出演/麻野一哉、飯田和敏、米光一成
参加費/500円

今回のテキストは、

極貧の労働者たちがこきつかわれて缶詰になっちゃうらしいプロレタリ
ア文学の名作!
『蟹工船』(小林多喜二/岩波文庫など)
金持ちの若者が暴れ回ったり障子を突き破ったりするらしい青春小説の
傑作!
『太陽の季節』(石原慎太郎/新潮文庫など)

です。この二作を、おなじみのゲーム作家三人組が、例によって、ふい
んきだけで語ります。
仮想ゲーム化にもチャレンジします。
麻野のあらすじ紙芝居、米光のパワーポイント劇場、飯田のふいんき弾
き語りも予定してます。
会場すごく小さいです(30人くらいのキャパ)。

なおこのイベントの模様は、今年夏に双葉社から刊行予定の『日本文学
ふいんき語り2』に収録の予定です。

ご参加をお待ちしております!
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-27 00:25 | 飯田和敏・記 | Comments(313)


のこと6

(続き)

楽しかった、と言えるのは無事終わったからであって、その渦中はそうでもなかった。
毎日書き上げた分を編集者に読んでもらい、その感想を頼りにまた書く。
テキストの海に潜るようにして。水中、それは苦しいよ。

丁寧に書かなくてはいけないところをどうしても省略してしまう癖がなおらない。
夜明けを迎え、よく書けた! と思い、仮眠の後、再び原稿を読むと全然ダメだったりした日は最悪で。
逆に、割と出来がよかった時は全能感。

感情の振幅が激し過ぎて疲れる。

作品を作りそれを発表していると「作者のオナニー」とよく言われる。
今までもよく言われてきた。
観客として「ノレない」ということだろうけど、この喩え方はあまり好きじゃない。
創作活動が自慰行為に近いところにあるとして(リビドー説も根強いから)、自慰的じゃない創作とは何だろう。他慰? それは難しい。慰みの軸になるのは自分だから。

ま、それはいい。
要はゲームプレイと同じ要領で小説を書く事が出来たという発見があり、そして、それが自分の人生のこれからについて何らかの示唆をしているっぽい。

そして、お客さんを代表に多くの人との繋がりによって自分はようやく生きていられることを痛感した。本当にありがたく思う。

という訳で、職業的ゲーム作家を廃業しようと思っていたのだが、別の作業をしたところで「ゲーム」からは逃げようがないことがよくわかった。それしか方法がないことがわかった。

やっていく。

小説の機会を与えて下さったみなさまに感謝です。

(おしまい)
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-26 23:23 | 飯田和敏・記 | Comments(3)


のこと5

(続き)

アウトラインを出来てからは調子がよかった。
現実の事件を歯科医から産科に変更することで、より不快感を強調するなどアレンジしたりして。

で、書き終わった。

すっきりした表情で編集部に持っていきレイアウトに流してみると30ページにも満たなくて、青ざめた。

これはまずい。
書き終わるまで家に帰らないつもりでやらないとダメだ。
缶詰が出来るようにお願いして、ある部屋の一角を借りた。

そこはマンガ家さんたちがネームを作る部屋で不夜城であった。
おもしろいネームを作るために必死でがんばっている彼らから立ち上るヒリヒリとした空気に触れた。
そこで、自分の10数年前、最初に手がけたのテレビゲームである『アクアノートの休日』を作っていた頃のことを思い出した。
これをカタチにしないとアトサキがないという必死感。

はじめての小説なんだから、その気持ちでやらなきゃダメだと思った。
そして、あらためて書く作業に取り組んだ。

なぜページが足りていないのか、よくわかった。
やはり自分はゲームを作る感覚がまだ強過ぎるのだ。
ストーリー上のあるポイントからあるポイントまでの登場人物たちの行動や感情が飛躍し過ぎている。

この飛躍はゲームの構造である。
そこをプレイヤーが遊ぶことでストーリーが補完される。

いま取り組んでいるのは「小説」だから、自分がプレイヤーになりきって、そのプレイ感を登場人物に仮託して、丁寧に文字に置き換えていけばいいのかもしれない。
そういう風に考えると、ようやく小説へ取り付くことが出来たようだった。

物語の中で登場人物が体験する様々な事象。そこから生じる感情。他者との関係性の変化。これを観察しながら出来るだけ丁寧に書くようにした。

すると書けば書くだけ時間がかかる。あるいは時間だけ経っても原稿が進まない。
長い文章というものは一朝一夕では出来上がらない。地道にコツコツやらないとダメだ。
そうすると、今まで読んできたあらゆる小説に対する畏敬の念が生じた。
そして、原稿をチェックしてみると、今まで読んできたあらゆる小説の要素が無自覚に組み込まれていることに気づいた(パクったのではなくて)。

そして、小説を書く行為の中で、自分が「生きのばし」ていることを実感した。小説の中で別の人生を生きたのではなく、人生の枝葉が広がった感覚だ。
それはキャラクターへの自己の投影でもあるし、度を過ぎた感情移入である。

このあたりが「オナニー」臭い原因かもしれないが、そこまで距離を詰めていかないと、今の自分は書けない。小説に上手い、下手があるとしたらここらへんなのかもしれない。

自主的な缶詰は1ヶ月強に及び、肉体的にはチョーきつかったけれど、その間、自分は計らずも人生の修復、または軌道修正を行っていたようだ。小説を書く事で。

小説に限らずあらゆる創作というものはこうした作用があることを思い出した。
オレはうまいこと商売出来ちゃってたから、道を踏み外してしまったのかもしれないなー、とも思った。

小説を書く。それは楽しいものだった。

(あと少し続く)
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-21 02:59 | 飯田和敏・記 | Comments(0)


kyさんへのご回答

だ、だめだ。ごめんなさい。
うまく答えられない。
「最低限の礼節」についてはわかった。どうもありがとう。

「悪ふざけ」はよくわからない。それはオレが悪ふざけをネガティブな事に捉えてないからかもしれない。

>馴れ合いとコネと安酒打ち合わせが重なると

ゼネコンじゃないんだから、そんなのないない。
本を一冊書きあげる力はそんなところからは生まれないよ。オレ、酒飲めないし。

>言葉尻を捕らえ小理屈で論破出来れば、あなたの生み出したこの作品への評価が高まると考えてるならソレも良いかと。

なんでそんな意地悪なことを言うの。
それはオレが原作クラッシャー以上の悪ふざけ者だからか……。
でも悪意があるわけじゃないんだよ。オレだって「げんしけん」ファンなんだから。

また、小理屈なんか好きじゃないし、論破したって評価は動かないでしょ。
このブログは「あとがき」のようなものです。

しかし、読んでくれてどうもありがとうございました。
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-14 10:28 | 飯田和敏・記 | Comments(0)


のこと4

(続き)
打ち合わせで『げんしけん』をノベライズしてみようということになった。
『げんしけん』は評判だったので読んだことがあったが、 きちんと襟を正し、最初から最後まで順番に丁寧に読んだ。 読みながら印象的なことなどを書き出しながら。 このあたりは「ふいんき」と同じような作業。 なので、頭はゲーム化しようモードだったと思う。

最終話の無言劇が圧巻だった。班目の春日部に対するせつない想いが印象に強く残った。
この両者の関係を書きたいと思った。
せつない想いなら任せて!  毎日毎分毎秒してるから。
その想いを投影すれば、小説を書く事が出来るんじゃないか。しかもそれは「ふいんき」でやってきた恋愛小説になるんではないだろうか。 せつない恋愛というのはつまりバラバラ。

ちょうどテレビでは2件のバラバラ殺人事件の報道が盛んに行われていた。 ユウくんによる妹殺害事件とカオリンによる夫殺害事件だ。

ユウくんがアスミちゃんを殺した後、「臭いのはサメ」という発言はユリイカ大竹伸朗の原稿で丁度、ジョーズの歯型について触れたこともありグっときた。
ユウ君がキレたというアスミちゃんの言葉もよかった。
「お兄ちゃん夢ないよね」
そんなどっきりする事を言われたら「愛してしまう/殺してしまう」のもいたしかたない。 このように感じたのは、その時の自分の感情が殺伐としたものだっただからだ。

小説を書く中で事件のことを考え整理したいと思った。それはつまり自分自身が持つ殺伐さと向き合うことでもある。

そうやって小説のアウトラインが見えてきた。

(続く)
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-13 13:17 | 飯田和敏・記 | Comments(2)


msaさんへのご回答

>msaさま

丁寧なコメントありがとうございます。
回答するにあたり、いくつかのポイントがありますので、分けてコメントさせて頂きます。
まずは「小説げんしけん」を読んでいただきましてどうもありがとうございます。

・創作の動機について
あらゆる創作行為は個人的な動機に基づいて行われると思っています。それはコミックのノベライズという二次著作においても同様です。msaさんの言葉を借りるなら「そんな理由で」しか作品は「生まれ」ようがない、と思います。
もちろん企画色の強い金儲けのためだけの”作品”が沢山あることは知っています。
それはそれとして僕の作品観は以上のものです。

・動機を公開することの是非
はじめて書いた小説なのではしゃいじゃったんです。言わぬが華ということもありますよね。つまり、心血を注いだという事が言いたかったのでした。しかし、心血を注ぐのが当り前の世界ですから要らぬおしゃべりでした。

・プロモーション
「兄妹☆けんか」は小説の中で登場する幻のゲームです。これが現実世界で実際にあったらおもしろいかもしれない、と思い制作しました。自主制作で、かつ販売も限定的なものです。小説が出た現在は小説との整合性を取る為に実際に「幻」になっています。
なので、とうてい利益が出る性質のものではありません。これをプロモーションと思われてしまったのは、僕が「スベった」という事ですね。

・荻上さんについて
当初は登場する予定だったのですが、キャラクターが多くなり、僕の技量的に書ききることが出来ないと判断しので無しにしました。荻上さんは、それだけで一冊分になる複雑な背景を持つキャラクターです。

以上、msaさんのご質問にお答えしました。
こうしたやりとりはとても有意義なものだと思っています。
どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-13 12:50 | 飯田和敏・記 | Comments(1)


のこと3

(続き)

そんな訳で出版社へ打ち合わせに出かけた。
道すがら、自分とテレビゲームとの最初の関わり(最初の仕事)が講談社だったことを思い出した。

それは、往年の少年マガジンをデジタル化するというプロジェクトだった。横尾忠則表紙シリーズの現物を眺め(触ったりもした!)、寺山修司が企画した「力石の葬式」の記事などをコンピューターに取り込み、「紫電改のタカ」をデジタルコミックにしたり。

その作業していた頃、別のフロアにたけし軍団が殴り込みにきたり、外で景山民夫と幸福の科学が抗議デモをしたりしていた。
一体、オレは何の証人なんだろう。

少年マガジンを母体にした講談社のマンガライブラリーは名作揃いだ。一体どの作品をノベライズすればいいのか!? と悩んでいたのだが、打ち合わせの場で『げんしけん』をやることにした。

それは『げんしけん』が自分と地続きの世界に生きる若者の青春群像劇だったからだ。この作品なら、オレをそれぞれのキャラクターに投影することで「生きのばす」ことが出来るかもしれないと思った。

また『げんしけん』は、映画『ヒポクラテスたち』の現代版のようだとも思った。オタク文化とATGの接続。
それならオレの出番だ。それらの証人ならやれる。

(続く)
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-05 23:31 | 飯田和敏・記 | Comments(54)


のこと2

(続き)
『アロハ嗚咽』という小冊子を作成し、これを「最新式テレビゲーム」として販売するなどして、自分の意識の中で次第にゲームと小説との間合いが縮まってはいた。
しかし同時に「おはなし」を語ることの困難さも感じていた。

自分が今まで行ってきたテレビゲームの「おはなし」作りは、これが発生する最低限の仕掛けだけを用意することで、つまり、作者と観客が無限の可能性を共有している。
このロマンにうっとりしてきた自分にとっては、「おはなし」をたったひとつに限定してしまうということに抵抗があった。

が、そんなことを思っていられたのは、まだ精神的な余裕があったからだ。
人生に挫けてしまいそうなトラブルに見舞われた時、オレは別の人生を生きなければやっていけない局面に立っていた。崖っぷちの端の端。

The ピーズの復活アルバムの1曲目「生きのばし」が、天啓のように刺さってきた。この曲を作った人と一緒に暮らすことが出来なくなった息子の名前が一致しているのだが、これはぐーぜんだ。
そして、ぐーぜんは侮れない。

その頃、ユリイカから「大竹伸朗論」の依頼があった。それが転機のひとつになった。
この原稿をやる中で重大な発見をした。芸術はオレが切望した時にだけ「既にそこあるもの」として現れるということだ。では、アーティストは誰だ?

「大竹伸朗論」を書き終えた。評論でもなく、エッセイでもなく、日記でもない。作文じゃない! おそらくこれは小説なんだろうと思った。 

ようやく、テレビゲームと小説と「おはなし」をめぐるつまずきは霧散した。
そんなタイミングで知人の編集者が「コミックスのノベライズをやらないか?」と声をかけてくれた。

だから、ぐーぜんは侮れないのだ。

(続く)
[PR]

  by kazutoshi_iida | 2008-02-05 23:26 | 飯田和敏・記 | Comments(0)


SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE/ ARANGED by POLYGON INUKAI